3:咽頭所見
「アー」と発声してもらい、軟口蓋および咽頭部の筋肉の動きを確認します。
写真4:咽頭収縮(左側の収縮が特に不良)
軟口蓋、咽頭の収縮を見るときには、口蓋垂の両側に走る筋肉の収縮を確認します。 口蓋垂の両側には口蓋と舌をつなぐ筋肉(口蓋舌弓)と口蓋と咽頭をつなぐ筋肉(口蓋咽頭弓)があり、健常人の場合には、発声してもらうとほぼ垂直に立ち上がるように収縮します。 しかし、この患者さんの場合には両側の収縮が弱く、特に左側の収縮が弱いために口蓋垂が右に偏移しています。 つまり、口蓋垂は良いほうに偏移します。このような症状をカーテン徴候と呼びます。
軟口蓋、咽頭部の触覚を診るときには舌圧子等を用いて、触診します。 この場合も舌と同様に左右差を見ることが重要です。 出来れば、更に舌圧子を咽頭に挿入してgag reflex (嘔吐反射)を確認します。 gag reflexは嚥下障害と直接の関係はないといわれていますが、特に意識障害等で感覚を見るのが難しい場合には行っておくと良いでしょう。
次に舌が突き出せるかどうかをみます。
写真3:舌突出(右側に偏移している)
この患者さんは脳幹部に梗塞があるために、脳神経麻痺症状がみられます。 舌を突き出してもらうと右側に変異しています。舌は突出時に偏移したほうが麻痺側なので、この場合右側が麻痺です。 舌の動きを確認した後に、舌圧子等を用いて、舌の感覚を確認します。 感覚の有無のみならず、右と左の差を見るようにしてください。 例えば「右側よりも左側のほうが触った感じがしない」など。
口唇閉鎖を確認するために、頬を膨らませてもらいます。
写真2:頬の膨らまし不良(右口唇から息が漏れている)
この患者さんは右側の顔面神経麻痺があり、頬を膨らませてもらおうとすると右の口唇から息が漏れてきます。 頬の膨らましを行うためには、口唇閉鎖だけでなく、難口蓋と舌の対峙が出来なければいけませんので、これが良好であれば、口唇閉鎖および難口蓋と舌の対峙が良好であると考えられます。
2:口腔所見
患者さんの口腔内の状態を把握しておくことは重要な項目です。 どのような場合でも、口腔衛生状態は必ず確認する必要があります。 口腔内の細菌は誤嚥性肺炎と密接な関係があると考えられているため、実際に口から栄養を取っていない患者さんにも口腔清掃を行う必要があります。 口腔衛生状態の確認には歯のみならず、舌や口蓋(上あご)の汚れも見ておく必要があります。 特に舌が動かない患者さんや、口で呼吸している患者さんではこれらの部分が非常に汚れている場合があります。
写真に示した症例は、実際の介護老人保健施設入所者の口腔内です。 舌に黒い毛のようなものがべっとりと付着しています。 これは黒毛舌と呼ばれる状態で、汚れ、細菌、舌の剥離した上皮からなります。このような汚れは取り除いておく必要があります。 口腔乾燥の有無や、唾液の粘性も確認しておきます。 歯科医師の方には蛇足ですが、歯の状態も確認しましょう。歯があるかないか、義歯を使用しているか、歯や義歯がある場合は噛めるかどうかを確認します。咬む力の検査には舌圧子(なければアイスの木のへらでも良い)をかませて抜けてくるかどうかを見てみます。噛みこんで舌圧子が抜けない場合は良好と考えられます。
1:病歴の聴取
まずは、患者さんがどのような病気を持っているのかを把握することが重要となります。 前回、前々回に説明させていただきましたように、摂食・嚥下障害は様々な疾患によって引き起こされます。 それらを把握し、また原因疾患が脳血管障害である場合には、障害の部位を把握しておくことが必要になります。 その他、気をつけるべき症状を列挙します。
- 繰り返す肺炎、発熱
- やせ
- 食事の好みの変化
- 拒食
- 食事時間の延長
- 食事中・後のむせ
- 食後に声が変わる(がらがら声になる)
- 食事中・後に喉や胸につかえた感じを訴える
- 夜間に咳き込む
- 頻回に嘔吐する
これらの症状があれば、何らかの摂食・嚥下障害を疑い実際にスクリーニングしてみるのが望ましいと考えます。
ただし、高齢者の肺炎では発熱や倦怠感など典型的な症状を呈さない場合がありますので、注意が必要です。
摂食・嚥下障害の検査法としては、Videofluorography(略してVFといいます)が最も信頼できる方法であると考えられています。これは胃の造影と同様の方法を用いて、普段は見えない口腔、咽頭、食道の動きを監察する方法です。まず、患者さんにバリウムを嚥下させて、そのときの舌、咽頭、食道などの動きをレントゲンにて観察し、また誤嚥があるかないか、もし誤嚥した場合にはムセがあるかないか等を観察できる非常に優れた方法です。しかし、実際の現場においてはそのような設備が必ずしも整っているわけではありません。そのような場合には、何か別の方法を用いて患者さんの障害の有無、または程度を診察しなければなりません。今から紹介する方法はいずれも診断に用いられるものではありませんが、摂食・嚥下障害をもつ患者さんに携わる方にとって必要な知識であると考えます。