はじめに
訪問診療を開始すると、「個別指導の対象になるリスクが高くなる」、「新規指導が終わってから開始する」という声を良く聞きます。確かに訪問診療に取り組んでいる歯科医院の個別指導は増えている傾向にあります。
ただし、選定理由は主に訪問診療の時間に疑義があるケースや患者さんや家族からの情報提供が原因であることが多く、正しく訪問診療の算定要件を理解すれば、まったく問題ありません。
今回は基本診療料である歯科訪問診療料について、個別指導で良くある指摘事項を2回に分けて詳しく解説していきます。第1回は「訪問診療の要件と定義」として、算定要件の正しい理解と対応策を中心にお伝えします。
おもな指摘事項(全体概要)
個別指導で実際に指摘される内容は以下の通りです:
【歯科】個別指導における主な指摘事項より
① 算定要件を満たしていない歯科訪問診療料を算定している次の例が認められたので改めること。
- ア 歯科訪問診療の2回目以降に計画の変更を行った場合に、変更の要点を診療録に記載していない。
- イ 診療録及び診療報酬明細書に記載すべき実施時刻(開始時刻と終了時刻)について実態と異なる。
② 診療録に記載すべき次の内容について、画一的に記載している又は記載の不十分な例が認められたので、個々の症例に応じて適切に記載すること。
- ア 患者の病状に基づいた訪問診療計画の要点
③ 診療録に記載すべき次の内容について、画一的に記載している又は記載の不十分な例が認められたので、必要な事項を適切に記載すること。
- ア 実施時刻(開始時刻と終了時刻)
- イ 歯科訪問診療の際の患者の状態等(急変時の対応の要点を含む。)
④ 特別の関係にある保険医療機関等に訪問して歯科診療を行った場合に、算定できない歯科訪問診療料を算定している例が認められたので改めること。
指摘事項を要約すると「訪問診療料の対象でない、訪問診療の定義を満たしていない」「訪問診療の記録が正確でない、不十分である」となります。
第1回では①と④を中心とした算定要件の問題を、第2回では②と③を中心とした記録の問題を解説します。
【第1回の焦点】訪問診療の対象とならない場合、訪問診療の定義の理解
訪問診療料の対象外ケースを確実に把握
通院困難でない方への訪問診療
歯科訪問診療料は、在宅等において療養を行っており、疾病、傷病のため通院による歯科治療が困難な患者を対象としていることから、通院が容易な者に対して安易に算定できません。
訪問診療の対象であるかは歯科医師の判断に委ねられています。指導の現場においても、対象者であるかの調査や聞き取りは、あまり積極的に行われていない印象です。「通院が困難」に、他科(内科等)含まれるかについての明確な文書も存在しません。ただし、外来と訪問が混在する患者さんについては、指導の対象のカルテとして、選定されるケースが多いイメージです。通院困難である訪問対象者を、外来で診療した理由(精密な検査や処置を必要だったため等)を明確にし、診療録に記録しておくことが必要です。
保険医療機関から半径16km以外の訪問診療
保険医療機関の所在地と患家の所在地との距離が半径16キロメートルを超える歯科訪問診療は、は保険診療としては算定できません。16kmを越える訪問診療については、例え数百メートル越えていたとしても認められないケースはありました。合わせて訪問診療は、別事務所を借りて拠点から出発することも認められていないことも注意が必要です。
16Kmの範囲外の要件は2023年に緩和されましたので覚えておいて下さい。過去は無医師地区や訪問診療を提供する医療機関がない場合のみ認められていましたが、訪問診療可能な医療機関が存在する場合でも、やむを得ない事情があれば、遠方の医療機関による訪問診療が認められました。
この特例を適用するには、以下の手続きを踏む必要があります:
- 患者への確認 – 歯科訪問診療の依頼を受けた医療機関は、まず患者本人やその家族に対し、半径16km以内に普段受診している、あるいは相談している医療機関があるかを確認します。
- 既存医療機関への連絡 – もし患者が「いない」と回答した場合は、そのまま遠方の医療機関が訪問診療を行うことができます。もし患者が「いる」と回答した場合は、依頼を受けた医療機関がその既存医療機関に連絡し、対応が可能かどうかを確認します。
- 診療の実施 – 既存医療機関から「対応不可」との返答があった場合、または既存医療機関に連絡がつかなかった場合、上記いずれかの条件を満たせば、16km圏外の医療機関が訪問診療を実施できます。
- 診療情報の共有 – 診療実施後、患者に適切な医療を継続的に提供するために、訪問診療を行った遠方の医療機関は、既存の医療機関に診療情報を共有する必要があります。
特別な関係である施設等への訪問診療
この制限が設けられているのは、医療機関と施設の間に特別な関係がある場合、いわゆる「患者さんの囲い込み」が生じやすく、本来必要のない訪問診療が際限なく算定される懸念があるためです。つまり、経営上の関係性により、患者さんの真の医療ニーズではなく、収益確保を目的とした不適切な訪問診療が行われることを防止する趣旨があります。
特別な関係である施設等に訪問診療を行った場合、初診267点、再診58点で算定する必要があります。
特別な関係の定義:
- 開設者が同一
- 代表者が同一
- 代表者と代表者が親族等
- 役員の3割以上が親族等
- 歯科を標榜する病院
ここでいう「医療機関等」とは、下記の施設等です:
- 保険医療機関である病院、診療所
- 介護老人保健施設
- 指定訪問看護事業者
- 養護老人ホーム/軽費老人ホーム/有料老人ホーム /特別養護老人ホーム
- 介護医療院
- 短期入所生活介護/介護予防短期生活介護
- 小規模多機能型居宅介護(宿泊サービスに限る)
- 介護予防小規模多機能型居宅介護(宿泊サービスに限る)
- 認知症対応型共同生活介護/介護予防認知症対応型共同生活介護
- サービス付き高齢者向け住宅
住宅型有料老人ホームも有料老人ホームと分類されるため、いわゆる施設の場合は、種別問わずこの制限が適用されます。また、歯科医療機関が施設等に併設されている場合も訪問診療料の算定は出来ません。
その他の算定要件
切削器具の常時携行をしていない訪問診療
忘れがちですが、過去、エンジン加算やタービン加算があり、訪問診療料と区別されていました。現在は、歯科訪問診療を実施するに当たっては、急性症状の発症時等に即応できる環境の整備が必要なことから、歯科訪問診療料は切削器具を常時携行した場合にのみ訪問診療料の算定が認められています。
訪問車内での診療や屋外に患者を移動させる場合は算定出来ない
療養中の当該患者の在宅等から屋外等への移動を伴わない屋内で診療を行った場合に限り算定します。
歯科を標榜する病院等への訪問診療
訪問先が歯科、小児歯科、矯正歯科又は歯科口腔外科を標榜する保険医療機関である場合は基本的に訪問診療料の算定は出来ません。ただし、病院の歯科医師と連携のもとに周術期等口腔機能管理並びに回復期等口腔機能管理及びそれらに伴う治療行為を行う場合については算定出来ます。
歯科訪問診療の重要な2つの定義
これまでに解説した項目は、訪問診療の対象者でない等の訪問診療が認められないケースでしたが、歯科訪問診療では、必ず頭に入れておかなければならない2つの定義があります。
まず、患者個別の求めに応じた診療であることです。患者の個別の求めではなく、医療機関やただ単に施設と合意した定期的な訪問診療は認められません。次に、患者個別の計画的な訪問診療であることです。初回の診療に基づき、継続治療が必要と認められた患者への訪問診療である必要があり、単発の緊急対応(往診)とは区別されます。
個別指導での指摘事項は、患者の求めに応じているか、個別の計画が立てられているかが重視されています。算定要件上は、申込み書や同意書が義務付けられている訳ではありませんが、個々の患者の求めに応じていることの根拠のために、申込み書や同意書を保管しておく方が良いと思います。計画については、計画が変更になった場合も、診療録の要点記載が必要です。
「計画的」とは、アセスメント→治療計画→モニタリング→検証のサイクルを繰り返すことを指します。訪問診療料の場合は、患者の身体状況、生活環境、生活習慣、口腔内疾患・清掃状況などを総合的に考慮し、計画を立てる必要があります。
第1回のまとめ
訪問診療の制限と定義のポイント:
指摘される算定要件不備を防ぐには、以下の要点を押さえることが重要です:
- 適正な対象患者の選定 – 通院困難性の適切な判断と記録
- 距離・場所要件の遵守 – 16km制限と特例手続きの理解
- 特別関係施設への対応 – 制度趣旨を理解した適正算定
- 基本要件の確実な履行 – 切削器具携行、屋内診療等
- 訪問診療の定義の徹底 – 患者個別の求めと計画性
これらの制度理解を徹底することで、基本診療料に不備があると全件に疑義が生まれるというリスクを回避できます。
次回予告:第2回「記録・添付書類」では
最も指摘の多い「記録不備」について詳しく解説します:
- 「画一的」記載・記録の回避方法
- 時間記録の正確性確保(個別指導で最重要項目)
- 診療計画と診療録の適切な記載方法
制度を正しく理解した上で、第2回で実践的な記録管理を学び、完全な個別指導対策を完成させましょう。
※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況については関係機関にご確認ください。