深刻化する人員不足の現状
歯科医療従事者の人員不足は、もはや看過できないレベルに達しています。厚生労働省のデータによると、歯科医師の有効求人倍率は3.39倍(令和4年度)となっており、全職種平均の1.31倍を大きく上回っています。
さらに深刻なのが歯科衛生士の状況です。全国歯科衛生士教育協議会の資料によると、有効求人倍率は約23倍に達しており、歯科衛生士1人に対して23件の求人がある完全な売り手市場となっています。
この数字が意味するのは、求職者が医院を選ぶ立場にあるということです。つまり、条件の良い医院に人材が集中し、そうでない医院は人材確保が困難になるという現実です。
この人員不足や給与上昇は一過性のものではなく、将来も続くことになりそうです。高齢化社会の進展と共に訪問歯科のニーズは拡大する一方で、歯科医療従事者の供給が追いついていないためです。
訪問歯科が外来よりも人員確保が重要な理由
訪問歯科では、外来以上に人員確保が事業成功の決定的要因となります。その理由は以下の通りです。
患者の自然増加と継続性
訪問歯科の患者さんは、一度診療を開始すると終了する割合が非常に低いのが特徴です。また、歯科医院の評判が良ければ、既存施設や既存事業所からの患者紹介が多く、積極的な集患活動をしなくても患者数は自然と増加していきます。
時間評価による収益構造
訪問歯科診療と歯科衛生士の口腔ケアは、基本的に時間で評価される仕組みになっています。外来のように処置内容による点数の違いが全体として少なく、無駄な時間を削減して1日の診療回数を増やせるかが重要です。特に衛生士さんは基本的に20分以上の口腔ケアが求められるので、1日の診療回数上限がある程度決まって来ます。
人員不足が招く悪循環
患者数が増加しても人員が確保できないと、一患者あたりの診療回数を減らさざるを得なくなります。結果として、レセプトあたりの診療回数が下がり、全体の点数が伸びなくなるという悪循環に陥ります。つまり、人員不足は直接的に収益機会の損失を意味するのです。
ただし、訪問歯科の成功は、人員さえ確保して拡大すれば良いという訳ではありません。アポイントの効率化などの見直しは必須ですが、人員が増えなければ効率化にも限界があります。
訪問歯科における職種別の特徴
歯科医師の特徴と採用のポイント
訪問歯科における歯科医師の役割は、外来とは異なります。処置の割合は約20%程度で、その多くが義歯関係の処置の医院が多いです。残りの80%は口腔ケア、診査、指導、計画立案となるため、治療技術の差が収益に与える影響は外来ほど大きくありません。つまり経験の浅い歯科医師でも活躍出来るのが訪問歯科の特徴です。
応募者の年齢層は男性50~60代、女性30~40代が中心となっており、男性の高齢歯科医師は治療技術は優れていますが、コミュニケーションが苦手な方が一定割合存在します。また、全体的に診療以外の業務(運転、レセコン入力などの事務作業)がある歯科医院を敬遠する傾向があります。
歯科衛生士の特徴と必要人数
訪問診療において歯科衛生士の点数に占める割合、患者さんの継続率において重要な役割を担います。施設診療の割合が多い場合、歯科医師1名に対して2名~3名の歯科衛生士が必要となります。これは、歯科医師と違い、歯科衛生士の口腔ケアの算定が基本的に20分以上という時間要件があるためです。
訪問歯科に応募する歯科衛生士の特徴として、既婚者や子育て後の求職者が多く、短時間勤務や週4日勤務を希望するケースが目立ちます。しかし、訪問歯科の場合、チームで行動するので、短時間勤務などの勤務形態が取りにくいという側面があります。行き帰りの移動時間がありますので、勤務時間が短ければ短い程、効率は下がってしまいます。
ただ、衛生士が単独で行動する衛生士の単独号の場合は、訪問歯科で唯一短時間勤務等の柔軟な働き方が可能です。ただし、単独で行動するため、運転免許は必須となります。外来との併用勤務は困難なケースが多いため、訪問専従としての採用が一般的です。
特に重宝されるのは、嚥下リハビリスキルを保有している衛生士や、施設職員向けの口腔ケア講習会に対応できる衛生士です。これらのスキルを持つ人材は優先的に採用を検討すべきでしょう。
訪問歯科給与設定の目安(都市部)
給与条件で見劣りすると、現在の市場では人員確保は困難です。デンタルネットの採用実績から見た都市部の募集開始給与の目安をご紹介します。
都市 | 歯科医師(日給) | 歯科衛生士(月給) | 歯科衛生士(時給) |
---|---|---|---|
札幌市 | 30,000円~ | 220,000円+賞与~ | 1,400円~ |
仙台市 | 32,000円~ | 245,000円+賞与~ | 1,500円~ |
東京23区 | 33,000円~ | 280,000円+賞与~ | 1,750円~ |
名古屋市 | 32,500円~ | 265,000円+賞与~ | 1,600円~ |
大阪市 | 34,000円~ | 270,000円+賞与~ | 1,700円~ |
広島市 | 30,000円~ | 260,000円+賞与~ | 1,500円~ |
福岡市 | 33,000円~ | 255,000円+賞与~ | 1,500円~ |
これらの数字は最低限のスタートラインと考えてください。競合他院の条件を下回る設定では、応募すら集まらないのが現実です。
参考:訪問歯科で歩合制を推奨しない理由
訪問歯科では歩合制をあまり推奨しません。理由として、担当するエリアによって移動時間が大きく異なるため公平性に欠けることや、処置を増やすより1日の診療回数を増やす方が点数が上がる点数評価であることが挙げられます。基本給を中心とした給与体系の方が、訪問歯科の特性に適していると言えるでしょう。
求人成功のポイント
「これさえやれば良い」という正解はない
訪問歯科の人員採用に万能薬はありません。あるとすれば、それは給与条件を上げることです。しかし、給与だけでは解決しない課題も多く、「応募が最も集まる募集要項を作る」という気持ちで、コツコツ取り組むしかないと思います。
実践すべき基本戦略
人員拡大を最優先課題として位置づける
まず経営陣が人員確保を最重要課題として認識し、相応の投資を覚悟することが必要です。
競合他院以上の給与条件を設定する
他院の求人条件を定期的にチェックし、最低でも同等、できれば上回る条件を提示してください。
多様な求人ルートを継続的に活用する
ネット掲載型求人サイトの活用はもちろん、紹介型求人サービスの利用、歯科大学・衛生士学校との連携、既存スタッフからの紹介制度構築など、可能性があるものはすべて試す姿勢が重要です。
労働環境を整備する
短時間勤務、週休2.5日制度、直行直帰システムなど、多様な働き方に対応できる環境作りが求められています。特に衛生士の求人では、募集している医院の半数近くが、週休3日が選択できるようになっています。
時代の変化に敏感に対応し続ける
求職者のニーズは常に変化しています。昨年成功した手法が今年も通用するとは限りません。継続的な見直しと改善が必要です。
まとめ:時代の流れに取り残されないために
訪問歯科の人員不足は一時的な現象ではありません。社会の変化により、この傾向はさらに強まることが予想されます。
重要なのは、この変化を「コスト増加」として捉えるのではなく、「投資」として位置づけることです。適切な人員が確保できれば、増加する患者需要に応えることができ、結果として医院全体の収益向上につながります。
人員不足のみを理由に、現在勤務している職員よりも高い条件で新規募集掲載し、既存の職員は据え置くような方法では、現在の人員不足は解決出来ません。既存職員のベースアップをしなければ、離職率は高まり、長い目で見て多くの人材を確保することは出来ません。人員不足や給与条件の高騰は時代の流れなのです。流れに乗り遅れることは、ビジネスにおいて致命的となる可能性があります。長期的な視点で見れば、この流れに適応できない医院は淘汰されていく危険性が高いのです。
今こそ、従来の採用手法にとらわれず、時代に適した柔軟なアプローチを取ることが求められています。人員確保に成功した医院だけが、訪問歯科の恵まれた市場環境を最大限活用し、持続的な成長を実現できるのです。